悲しい

訃報が入った。
昔からの知り合いが亡くなった。

悲しい。
この言葉に尽きるかもしれない。

昨日、その方の3人目となる孫が生まれたとこだった。
無事に生まれてきてほしいと思ってはったから、安心したところだったのだろう。

数年前から病気を患っていたのを知っていて、元気になることを祈っていた。また会いたいという想いもあったし、去年電話で話した。
本当に彼女は一生懸命に生き抜いた。

自分が子供の頃、特に幼稚園時代、そう、幼稚園時代なんて一番手がかかった頃だったかもしれない。
そんなとき、よく私の面倒を見てくれて、口数が少なかった私の気持ちにも本当によく察してくれて、よく家にもお邪魔したことを記憶に残っている。

思い浮かべると想いは尽きない。

だけど、私も自分の人生を楽しく生きる!
これが私の出来ることだ!

子育て

人を育てるのは難しい。
ロボットじゃないから、感情持ってるし…人を育てていくってのは非常に難しい。

育てる上で何が正解ってのはないにしても、育てられる人が一般常識から外れる生き方はやっぱり人としても生きにくいわけで。
昨今は、少数派な行動や特徴があると、個性としてプラスに捉えられることが多くなってきた。

しかし、それは何がどうなろうと誰の責任にも出来ないしほとんどを自分で抱えていくことが多くなる。

育てる段階では、総合的に年齢に合った平均値を維持してやりたいと思う。

育った環境や人との関わりなんかで大人になった時にどうなろうとするのかはその子次第であると思う。

その、どうなろうとするのかという選択肢を出来るだけ増やしてやりたいと親なら当然のように思うし、子供の頃の一般教養(義務教育)の時代は、出来ないことを出来るようにさせてあげたいと思うのも親なら自然な想いであると私は思っている。

しかし、親が子供の歩むレールを引きすぎるがゆえ、親が子へ過保護や過干渉になっているケースも見られる。
してあげれることをやってあげたいという親の想いからなのかもしれないが、それは果たして、子供を育てる、人として育てるという意味ではどうなのか!?

その子供の為になっているのか!?

子供は自分で出来る可能性さえも遮られ、意欲を起こすことすらしない人間になってしまうのではないのか。。。

子育てをめんどくさがる親は、子供がわめいたりダダをこねることを嫌い、子供の要望にすぐに応え、その場をやり過ごす。
確かにめんどくさくてうるさくて、そういう時もないわけではない。

子供も要望が通り満足し、親も子供が静かになることで満足する。
それで笑顔になれる。お父さん(お母さん)と一緒にいて楽しい。
それって本気か?
毎度そんな感じでいいのか?
そして、それが自然な親子関係だと勘違いを起こし、結果、甘やかすのが通常になってしまっているのでは?
子供の機嫌を常に良くさせてるようにしか思えない。

そして、してもらえなかった時の子供の反応も半端ない。
不機嫌極まりない。
そりゃそんな感じじゃそんな子供になっちゃうよって思う。

それが子育てか?
親子関係はそれで良好だと言えるのか?
それが子供を思う親のやることか?

そして、厄介なのが、ここ近年、個性や性格が少数派な人間に対して、病気扱いをすることだ。

“病は気から”

病気だと診断された子供も自分は病気だと認知してしまうし、親も「この子は病気だから…」と、サポートすべき点以外のことでも援助をして、結果、やっぱり過保護や過干渉になるんだと思う。

これは本当にある一例ではあるけれど、そうやって子供の可能性さえも親の育て方によって阻害されてしまっている。
子供も「私はそれで良い。これが居心地が良い」と思い込んでしまっているという現状が気の毒で仕方がない。

それは決して、病気が大半を占めている結果ではないような気がしてならない。
親が子供に対して、不自由さを経験させたり、他人の助けを得ることを覚えさせる機会まで奪ってしまうために、親は子に依存してしまい子は親に依存してしまってるんだと思う。

これは本当にその子の将来を考えると大問題だと私なら思うんだけど、何せ、子育てにもめんどくさい親なもんだから、それがまた私から言わせると問題というか…本当に子供に対して愛情があるのか疑問に思う。

年齢に応じた危険を伴うこと以外は、大いにその子の可能性を引き出してあげてほしい!!!

心の目だけは離さない、自立を見守るってことなんやと思うねん!
それが親のしてあげれることなんだと思う。

無視すればいい

色んな生き方があっていいんだけど、そこまで仲良くない人がいきなり関わろうとしてくる時がある。
良い関わり方ならいいんだけど。

関わり方が、攻撃してきたり、ひがんだり…もうそれは嫉妬なんですよね。

相手にしてたら、ほんとしんどいし、精神的にも体にもよくない。
だから、そういうことに関して嫌やなって感じた時は無視することにした。

今まで人から「気にせんでええやん」「そんなことどうでもええやん」って助言をもらってたけど、わかってるつもりやったけどやっぱ考えるとむかっ腹が立ったりしてて、しんどかった。

でも考え方が変わった。

人生には誰しも限りがある。
そう、だから、時間だって無駄には使いたくない。
相手に何言っても変わらないんだから、こっちの考え方を変えればいい。
嫌な人を相手にしてる時間がほんとに無駄だと、そんなのは人生の無駄だと思うようになったわけ。

そんなの相手にしてる時間があるなら笑って一緒にいて楽しい人と過ごしてる方がよっぽどいいい!

だから、もうそういう類のことは無視すればいい。
つまり、「気にせんでええやん」ってことなんやけど。
そして、もう一つもらったアドバイスで「過去のことは過ぎたこと」
そういうことなんやと思う。

もうイチイチ振り返って腹立つのはやめたい。

ちょっぴり良かったこと

今日は仕事でミスをするわ、人から文句は言われるわであんま良い日ではなかったんだけど、でも、そんな一日でもよかったこともあった。

仕事のシフトについて上司に相談したら、要望通りにして良いとのことだった。
つまりは、自分のわがままを聞いてくれるってことなので、ラッキーって感じ。
その数時間後、上司を怒らせてしまったんだけど、それについてはええことだった(汗)

ほんま変わった人がいるもんだ。
面と向かって文句を言ってくる人がいた。
自分は何一つ何もしてないくせに、クチばっか。
まぁ、陰で言われてるより面と向かって言ってくるからましかな(笑)

散々の文句を浴びたあと、家に戻ると、スマホにメールが着信してあって、見てみると、スタッフをしていた方から例の作成したDVDの感想が送られてきていて、「感動した」って送られてきたんで、それは嬉しかったし、イライラMAXが抑えられて救われた。

それと、何でも話せて理解してもらえる人が身近にいてくれることがまず嬉しいことだ!

解き放される瞬間

何か最近は人間関係でどっぷり疲れてしまって、ほんとだるい。

仕事を何回も辞めようかと思ったけど、辞めなくてよかったと思うのは、こういう時、精神的にしんどいなと思う時、1人でいるより、仕事があってその物事にだけ向き合わずにいられることがありがたいと思う。

で、今日はそんなどんより気持ちの中で仕事に行ったら、最近異動してきた上司の出勤日だった。

新しくきた上司は、21才でめちゃ若い!
おまけにオシャレ。特にヘアスタイルが流行にのってる。
見た目はこんな飲食店で働いている人には見えない!と思ってしまう(笑)
めっちゃええ人(前に在籍していた上司がかなり評判悪かったから余計にね。。。)
こんな私にも優しい。
雑用をした私に「前回も今回もいつもみんなが嫌う仕事率先してやってもらってありがとうございます。手とか荒れたりしてませんか?大丈夫ですか?」って気遣ってもくれる。
前にいた上司とはえらい違いや!!!

で、ええにおいがする~~~!

それだけでいややったことへの集中から少し解き放される。

大した仕事ではないけど、職場があってよかったと思うところはそこやね。